
作品
俯いて歩いていた先に
何もないところで、よくつまずく。
最近は運動不足のせいか、馴染みの駅前の階段で足が上がりきらずに転んだ。旅先の路面電車でも、やっぱり足が上がりきらずに転びかけた。道の小石に気付かずに慌てたり、そんなことをよくしている。
他のことでも、よくつまずく。周りがなんでもないようにできていること、例えばクラスで浮かないようにがんばることとか、そのあたりはからっきしだめだった。きっと周りもそれぞれに必死だったとは思う。私は私で人と接することに苦手意識が募り、人の顔を見ることも恐かった時期がある。
つまずかないようにするには、やっぱり歩く道をしっかり見ることが重要だ。人の顔は見ることができないが、道は見ることが出来る。つまずかないように、人と目が合わないように、俯いて歩く癖がついた。そうすると、視界の端に鮮やかな色がよぎることがある。斜め下ならセーフだろうと視線を移すと、かわいらしい花が咲いている。特に街路樹の根元には、とてもかわいいけれど名前がぱっと出てこないような花がたくさん咲いていて、いつしか私は道々に咲く花を楽しみに歩くようになった。
まだインターネットも使いこなせてない頃。この花の名前はなんだろうなと頭の片隅に疑問符を持っておくと、ふとした時に生物の資料集の隅っこで花の写真と名前を見つけることがあるのだ。そのうち時代が私にも優しくなり、花の写真を撮れば自動的に画像検索して名前を教えてくれるようになった。草花の図鑑を読んだりもして、少しずつ花に詳しくなっていく。今では季節ごとに咲く花を見に出かけるようになった。
風に揺れる花々を眺めながら、ひとときの平和に憩う。この時間は、よくつまずく自分でなければ得られなかった。そりゃつまずいて転んで痛いことだってあった。けれどこの花に免じて、今を良かったと思える自分でいようと思った。